残暑とともに痛みが残る。 結局無理だけして何もできなかった。さらに痛みは残っている。成果は0なのに痛みだけは残っている。いや、むしろ痛みは増している。
ボロボロだ。ボロボロな中、努力をしている。だが弱っていたらここぞばかりに圧をかけてくる田舎(地方都市郊外、以下、同じ)の人間(特に60代前後)は多い。このような田舎は本当に終わってしまっているという印象がある。
努力なんてさせるか
肉体的に優秀な人間が誰も見てないところで、弱い男をいじめるのは創作(映画・ドラマなど)ではよくあることだが、僕は現実でよく出会う。
道を歩いてるだけでも、縄張りを主張するような行為を取る。 まずはバイク・改造車。マフラーを改造したバイクがすれ違いざまに爆音(アフターファイア)を立てる。歩行者に対して、威嚇行為をとる人間が思いの外多い。それは森の猿が他のオスを見つけた時に騒ぐ行為とどこか似ている。
生物的本能、いやここは強く本能に負けていると言うべきである。つまりは、理性的な人間が少ない。努力する人間を見ると、いじめたくなる・邪魔をしたくなる・妨害したくなる。そんな大人があまりに多い。
田舎は常にうるさい・煽られる
田舎は常にうるさいと言っていい。朝は老人、夜は若者、どこに行っても底辺高校の雰囲気なのだ。田舎が住みにくい大きな理由がこれだ。底辺高校なのだ。
大人になってもまだ(底辺)高校生気分が抜けきれてない奴らがあまりに多い。60代でもそうだ。むしろ酷い。オールドヤンキーというべきか。しかし彼らは、法に触れないぎりぎりを知っている。煽りのプロかもしれない。
子供への継承
その精神は子供にも遺伝している。そういう子供・孫(中学〜高校、肉体的に牽強)は明らかに増えている。負け組っぽい人間を見かけたら馬鹿にしていいと家庭で教えているのだろうか。ユーチューバーとかが言ってるのだろうか。
そのくせ、人権の重要さを説く町内の広報が配られたりする。
人権や平等(俺たちの生活を守れ)とか言いながら(言わせながら)、自分たちは普通に差別をする。日常的に差別をする。
そろそろヘソで茶を沸かせそうである。
そんな中、就活は
相変わらず就職内定はない。貯金を減らして生活をしている。不安ストレスで痛みが増幅して生活もままならないでいる。一方で近所の老人はシルバー人材センター経由で仕事をして生き生きとしている。おかしいだろ、この世の中。